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最高裁判所第一小法廷 昭和26年(れ)912号 判決

主文

原判決を破棄する。

被告人は無罪。

理由

職権で調査するに原判決は「被告人が昭和二一年五月一日午前零時現在、肩書住居において貴金属である天保大判一枚、万延大判二二枚、草文文政小判五〇枚、天保小判九二枚、姫小判二四枚、新二分判三五枚、新二朱金二〇枚合計二四四枚(含有金純分量五四五、四九匁当時の価格三万四千七百七十四円九十八銭強)を所有しておりながら同年六月一五日までにその数量等を大蔵大臣に報告することを怠ったものである」との本件公訴事実を認定し、臨時貴金属数量等報告令第一条第四条(但し報告期限当時においては第三条に該当)を適用して、被告人に対し罰金一万円の刑を言渡したものである。

しかし右臨時貴金属数量等報告令は、連合国軍最高司令部が金貨銀貨及び金銀白金の地金又は合金等いわゆる外国為替資産についてこれを適当に管理し、その指示する目的すなわち賠償及び掠奪物の返還等に資するための一連の措置として一九四五年九月二二日附「金融取引の統制に関する覚書」同日附「金銀有価証券及び金融上の諸証書の輸出入の制限に関する覚書」、及び同年一〇月六日附「外国為替資産及び関係事項の報告に関する覚書」と併せて日本政府に指令した一九四六年四月二六日附「貴金属の報告に関する覚書」にもとずいて制定公布せられたものである。そして同令が報告の対象として規定したものは、右「金融取引の統制に関する覚書」にもとずいて制定公布された「金銀又は白金の取引等取締に関する件」(昭和二〇年勅令第五七七号)第一条と同様(イ)金銀又は白金の地金又は合金、(ロ)金貨幣又は銀貨幣(外国の金貨幣及び銀貨幣を含み、日本政府発行の額面五〇銭以下の銀貨幣を除く)に限るのである。(本件報告令一条)、右にいわゆる金銀貨幣とは本邦貨幣に関する限り、明治時代の貨幣制度確立以後日本政府において発行した金銀貨幣のみを指称するものであって、それ以前に流通された大判小判の類を包含しないものであると解すべく、また金銀、白金の地金又は合金とは客観的に含有当該金属量そのものの価値のみを目標として取引される、金銀白金の地金又は地金の形態におけるそれらの金属の合金を指称するのであり、取引上、その地金的価値を超えて美術的、骨董的、学術的又は実用的価値を有するそれらの金属による製品はこれに該当しないものと解さなければならない。蓋し本件報告令はそれら金属の地金及び地金の形態における合金が通常大量に隠匿することができ、しかもその含有金属量の価値のみにおいて海外取引その他の処分の用に供し易いがために、これを管理の対象として取締る必要があるとの見地の下に指令された前掲覚書に基づいて制定公布されたものであることに鑑み、それら金属の製品たる美術品、骨董品、実用品例えば指輪装飾品等の類までもその取締の対象となしたものとは解し得ないからである。さて本件についてこれを見るに判示大判小判等はすでにそれぞれの時代的使命をはたして今日においては貨幣として強制通用力はおろか全然通用力を失っており、現時の日本人の殆んど全部に近い大部分の者は親しくこれらを目撃したこともないであろうし、ただわずかに特殊の家に一種の家宝として伝来されていたり、極めて少数の数奇者ないし蒐集家の間に歴史的過去の貴重な残存物として愛玩珍重されていたり、または学術参考品として保存されている状態である。されば、これらのものは、現在においては骨董的価値を有し、その金の含有量そのものの価値のみを標準として取引せられるものでないことは明らかであり、本令にいわゆる金銀貨幣及び金銀白金の地金又は合金のいずれにも該当しないこと明白であるといわなければならない。尤も本件報告令の施行に関し、その報告様式を規定した臨時貴金属数量等報告規則二条によれば、書式第一号中に報告しなければならない金属の区分欄として「金の地金」及び「本邦金貨」の外に「本邦古金貨」という一項があり、更にその記載注意書七項において右古金貨とは明治時代の新金貨、旧金貨以外のものすなわち明治三年以前に金貨幣として流通していた大判小判等を指すものたることが明らかにされている。従って本件大判小判の類も亦右報告により報告しなければならないものであるかの観がないではない。しかし本件報告令一条の注意が前説示の如く解すべきである以上、たとい右規則においてかかる規定をなしたからとて、規則を以て右報告令一条の規定内容を変更拡張し得ないこと勿論であるから、既に右金貨としてその地金的価値をこえて取引せらるべき製品たること明白な本件大判小判等を報告令一条所定の報告義務の対象に属するものとなし得ないことは多言を要しないところである。

果して然りとすれば原判決の確定した本件公訴事実は罪を構成するものではなく、原判決が被告人を前説示の如く報告令違反に問擬処断したことは違法であり、これを破棄しなければ著しく正義に反するものといわなければならない。

よって上告趣意につき説明をなすまでもなく、刑訴施行法二条、三条の二、刑訴四一一条一号、旧刑訴四四八条、四五五条、三六二条前段の規定に従い主文のとおり判決する。

この判決は、裁判官全員一致の意見である。

(裁判長裁判官 岩松三郎 裁判官 沢田竹治郎 裁判官 真野 毅 裁判官 斎藤悠輔)

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